鳥取県西部地震が問いかける活断層の意味

予想されていた地域で、しかし活断層が知られていなかった場所で発生した地震

2000年10月6日に鳥取県西部地震が発生しました。1995年兵庫県南部地震以後、日本列島では最大の地震でした。規模の割に死者が出なかったのは実に幸運でした。
最近来館された方が「出雲には地震がない」と書かれた本を読んだと言っていて、唖然としました。とんでもない本があるものです。
山陰沿岸域では,明治以降に限っても、1872年(明治5年)浜田地震=マグニチュード7.1±0.2,死者500名以上,1925年(大正14年)北但馬地震=マグニチュード6.8,死者465名、1927年(昭和2年)北丹後地震=マグニチュード7.3,死者2925名,1943年(昭和18年)鳥取地震=マグニチュード7.2,死者1083名が発生しています.(数字は宇佐美龍夫『日本被害地震総覧』1987による)
島根県東部は880年出雲地震いらい大地震が発生しておらず,大地震発生の可能性が高いと考えられています.地震予知連は1978年に島根半島一帯を観測強化地域に指定しています。1970年以後の地震活動の観測では,下図の△印付近は地震発生が少なく「島根県東部空白域」と名付けられ,将来の震源域となる可能性が高いと考えられています.なお880年出雲地震は,当時の出雲国府の位置を仮に震央として記してあります(図?印).

 私の両親は山陰の出身で,父親は鳥取の陸軍病院に入院中に鳥取地震を体験しています.「グラッときたら,逃げ道を確保するために窓と戸を開けること(建物がゆがむと建具が開かなくなり閉じ込められてしまう).水を入れたコップが倒れたら建物が倒壊する危険があるので脱出すること」という話を聞きました.夜行急行「出雲」号の終点が浜田だったので,「浜田」という地名にもなじんでいました.
 米子〜出雲市は山陰の人口集中地帯で,観測強化地域に島根原発があるので心配していました.今回の地震発生域が,人口が多い宍道湖〜中海沿岸や,原発がある島根半島でなかったのは幸運でした.
地震発生数日前の9月29日〜10月1日は,松江市の島根大学で地質学会が開かれていて,私は安来市の叔父の家から通っていました.さいわい,人形ケースが壊れてガラスが床に散乱したり,大切にしていた陶芸品が壊れたりしたぐらいで済んだそうです.米子や安来を通り越して,境港で被害が大きかったのは,弓ヶ浜の砂洲の上という軟弱地盤のせいです.
 その私も,今回の地震発生後に資料を見るまでは,江戸時代1710年の鳥取県東伯郡の被害地震や,平安時代880年出雲地震のことは知りませんでした.

2000年鳥取県西部地震は,今まで活断層が知られていなかったところで発生しました.
上の図で,黒丸は余震の震央で,その下に震源断層があることを示しています.太めの線は活断層と考えられているところです.
そのため「未知の活断層が動いた」と報道されました.

 しかし,何人かの地震学者から,この表現は「活断層が地震を起こす」という誤解に基づくもので,地震への備えを誤らせ,大きな被害(震災)を招くことになるという危惧が表明されました.
私自身,来館者の皆さんの質問に答えたり解説するときに,「活断層」という語を安易に使っていたと反省しています.

地震の発生源は地下深部の"震源断層"

 地震の揺れの発生源は,地下深部における岩盤のずれです.岩盤の一回のずれが一回の地震に対応します.
岩盤のずれの中心部では,ずれの量は大きく,周囲へ向かってずれの量は小さくなり,ついにはずれの量がゼロになります.そのず れた部分全体を"震源断層(面)"といいます.
震源断層の面積と平均のずれの量を掛け合せたものは,その震源断層がずれ動いたことで放出されたエネルギーに比例します.そこで、[震源断層の面積]×[平均のずれの量]をものさしにして地震の規模をあらわしたものを"モーメント・マグニチュード"といいます.(気象庁が発表するマグニチュードは,地表の地震計がとらえた揺れの大きさから割り出す"気象庁マグニチュード"という別のものさしです.)
 地震断層の中で,最初にずれが始まった点を"震源"といいます.震源の真上にあたる地表の点を"震央"といいます.震源断層の中で,ずれる場所が震源から広がっていく速さは非常に速く,長さ数10kmの震源断層の端まで数10秒で伝わります.震源断層のずれの速さそのものは人間が歩くぐらいの速さ以下がふつうです.
この地下深部の震源断層のずれが起こす衝撃が,波動として伝わるのが地震波です.地表に地震波が到達すると地震の揺れ(地震動)として感じることになります.震源断層から遠く離れるほど揺れ(地震動)は弱くなります.同じ1回の地震で,場所により揺れの大きさは異なります.その場所の揺れの大きさを表すのが"震度"です.
 震源断層がずれた後,引き続き,ずれ足りないところや,ずれ過ぎたところに,小規模なずれが起こります.これが"余震"です.余震は震源断層面の中で生じるので,余震の震源の観測によって,震源断層の位置と面積を知ることができます.
 震源断層が大きい大地震では,地表に断層が現われることがあります.これを"地表地震断層"といいます.多くの場合,震源断層の上端が地表まで達して生じます.

震源断層はどこに生じるか

 上の図は,東北日本の断面です.日本列島のどんな場所で,どの深さで震源断層が生じるかを示しています.
日本列島のプレートの下には海洋プレートが沈みこんでいます.
日本列島は海洋プレートに押されて変形していきます.沈み込んだ海洋プレート(スラブといいます)も変形しながらアジア大陸の下へ進んでいきます.

変形の進行にともない岩盤中に歪がたまり,限界に達すると,岩石が壊れ,歪を解放する方向へずれ動きます.
岩石が壊れて地震が発生するのは,岩石が冷たくて固いところです.
かつて動いた昔の震源断層の部分は周囲より弱いため,同じ場所で再活動する場合が多いと考えられています.

@沈み込んだ海洋プレート(スラブ)内地震
図でタテ線で塗られている,沈み込んでいく海洋プレート(スラブ)の全域で地震が発生しています.冷たい海洋プレートは暖かい地球内部へ沈み込んでいってもなかなか温まらないため,ロシア沿海州の地下400kmでも地震が発生しています.

Aプレート境界型巨大地震
 また,大陸プレートと海洋プレートの境界(図のA〜B)では100〜200年おきに巨大地震が発生しています.三陸地震や東海地震がこのタイプです.プレート境界から分岐した断層が海底に顔を出すこともあります(図の点線).

B日本列島の地殻のプレート境界付近で発生する地震
日本列島のプレート(大陸プレート)では,図で濃い網ガケに塗られたところで地震が発生していて,温度が500℃以下の冷たくて固い領域と考えられます.
図のAF(アサイスミック・フロント)より海溝側では,日本列島の上部地殻と下部地殻の全域で地震が発生します.プレート境界に近く,冷たい海洋プレートに冷やされるためです.

C日本列島上部地殻の内陸直下型地震
日本列島の地殻のAF(アサイスミック・フロント)より内陸側では,地下20kmまでの上部地殻で地震が発生しています.

 気象庁発表の地震速報を,震央の位置と震源の深さに注意しながら聞くと,どの領域で生じた震源断層が起こした地震か見当がつきます.

地表地震断層は,震源断層の上端が現われたもの

 震源の深さ10km程度の「浅い」大地震では,震源断層の上端が地表に達し,地表地震断層として現れることがあります.
地表地震断層には,地割れや地すべりは含めません.
地下の震源断層と地表地震断層がストレートにつながっているのかというこ とにはいろいろな議論がありますが,ここでは,地下深部の震源断層やそれから分岐した断層の地表への延長としておきます.
上の写真は,1891年(明治24年)の濃尾地震=マグニチュード8.0の時に岐阜県根尾村に現れた有名な地表地震断層です.

活断層は過去の地表地震断層

地表地震断層が侵食されて失われる前に,同じ場所で繰り返し地表地震断層が生じたらどうなるでしょうか.
断層が同じ向きにずれるならば,地形のずれは大きくなっていくはずです.あるいは地形が侵食されても,地層のずれは残っていくはずです.
じっさいに,最近の時代に地形や地層の大きな食い違いが生じている例が たくさんあり,地表地震断層が同じ向きに何回も生じることが分かりました.
それならば,近い将来,同じ場所に同じ向きの地表地震断層が再び生じると考えられます.そこで,地表地震断層が繰り返し生じた痕跡が,最近の地形や地層に残されたものを"活断層"といいます.

上の図は,六甲山地の活断層です.
多数の活断層があり,数百年も大地震が発生していなかったため,現在を含めた数百年以内にこの地域で大地震が発生すると考えられていました.
1995年兵庫県南部地震が,活断層の存在から予想されていた地域で発生したことと,淡路島の野島断層という活断層に地表地震断層が生じたため,「活断層」という用語が広く知られるようになり,「常識」になりました.

震源断層は地表地震断層より大きい

 上の図は,1995年兵庫県南部地震の震源断層です.
地下で3枚の地震断層がずれ動いたと考えられていますが,図には神戸側と淡路側の2枚の震源断層が描かれています.もう1枚は明石海峡の下ですが紙面に垂直方向なので描かれていません.
合計すると,1.2m以上動いた範囲だけでも,幅が地表から深さ15km以上まで,長さ40km以上におよんでいます.

 明石海峡の海底と淡路島では震源断層のずれは地表まで達し,地表地震断層が現われています.
しかし神戸側では,震源断層は地表にまで達せず,地表地震断層は出現していません.

マグニチュード7を超える"内陸直下型地震"では,多くの場合,地表地震断層が現れています.
しかし地表地震断層は,地下の震源断層の全長の一部にしか現われないということに注意する必要があります.

 2000年鳥取県西部地震では,過去の地表地震断層の痕跡である"活断層"が見られなかったところで発生しました.
今回も,かなり規模が大きかったにもかかわらず,顕著な地表地震断層が現われていません.

 けれども,地下の震源断層のずれにより,広い 範囲で岩盤に動きが生じました.上の図は,GPS(人工衛星の電波を用いた測地システム)で観測された,各地の位置変化です.
 下の図は,GPSデータや余震分布から推定された,今回の震源断層の姿です.
震源断層の大きさは1995年兵庫県南部地震の約半分です.それでも,大都市直下であれば震災を引き起こしていたことでしょう.

活断層の活動史は,地震発生史の一部

 ここまでは,活断層に痕跡を残す地表地震断層は,震源断層の地理的広がりより小さいという話でした.次は時間的な地震発生間隔の話です.

 上の図は糸魚川・静岡構造線活断層系のトレンチ(発掘)調査の結果です.
例えば茅野市の発掘地点では,前々回に現われた地表地震断層は,4000年前の地層をずらし1600年前の地層をずらしていない(図A)ので,その間に生じたことが分かりました.この場所では12000年間に4回の活動(図@〜C)があったと考えられています.
 しかし,これは地表地震断層の出現回数を示しているだけです.例えば,AとBの間に,隣の岡谷や小淵沢で地表地震断層が生じています.その時,茅野市の下でも震源断層が活動して直下地震が発生したかもしれません.
活断層の活動史は,その地域の地震発生史のすべてを示してはいない可能性があります。

 私は今まで,「茅野市では過去12000年に4回の(大)地震発生」という誤った説明をしていたことに気付きました.「茅野市のトレンチ地点では過去12000年に4回の活断層の活動が確認された」というのが正しい表現です.

その活断層の活動史がその地域の地震発生史でない理由は;
@ 未発見の活断層がある.
A 活断層に痕跡を残さない,つまり地表地震断層が現れない地震活動がある.
という2点があげられます.

「活断層が地震を起こす」という誤解

私はいままで,"震源断層""地表地震断層""活断層"という手間のかかる説明を省いたために,専門家でない人が持っている「活断層が地震を起こす」という漠然とした誤ったイメージにたよった説明をしてしまうことがあったと思います.
そのために,「活断層がないところに地震は起こらない」とか「活断層に記録されていない期間には地震が起こっていない」という誤解を助長したかもしれません.

しかし;
@1995兵庫県南部地震は,その場所に地表地震断層が生じなくても神戸程度の震災は起こり得るということを示しました. A2000年鳥取県西部地震は,(過去の地表地震断層の痕跡である)活断層が無いか見つかっていない場所でも,かなりの規模の地震が発生することを示しました.

一般に,地表地震断層が現れない地震は,地表地震断層が現れる地震よりも規模が小さいとされます.けれども,地表地震断層が現れるか現れないかギリギリの規模の地震は,深刻な震災を生じる可能性があるので無視できません.
これからは "震源断層""地表地震断層""活断層"という区別をきちんと意識して説明していこうと思っています.

活断層かどうか判断するのは人間

以上,地震の本体である震源断層は,地表地震断層の広がりより大きい、また活断層は地表地震断層("繰り返し生じた"という定義もある)の痕跡であるという話でした.

 ところで,活断層であるかどうかを判断し、活動性の評価をするのは人間です.
地殻変動をもたらす力がその地域に現在と同じように加わり始めて以後に,地表地震断層を生じるほどの地震が繰り返し発生した場所ならば,近い将来にも大地震が発生するでしょう.
では,どのぐらい過去まで溯って考えるべきなのかは見解が分かれています.

また,過去の地表地震断層によって生じた地形かどうか,地層がずれていると見なすべきかどうかも,個々の場合について,見解が分かれています.

見つかった活断層から,将来どのくらいの規模の地震発生を予測するのかということも見解が分かれます.
たとえば長大な活断層系の場合,いくつかの活断層区(セグメント)に分けますが,分割の仕方によって,1回の地表地震断層の最大の長さが決まってしまいます.
逆に,短い活断層が見えているだけの場合,その全長が過去の地表地震断層の最大全長を本当に表しているかという問題があります.
複数の断層系が同時に活動する可能性を評価する方法は,ほとんどありません.

これらはグレーゾーンであり,立場によって様々な解釈が生じることを,付け加えておきたいと思います. inserted by FC2 system